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岐阜地方裁判所 昭和45年(ワ)58号 判決 1981年2月23日

原告 株式会社帝国興信所

右代表者代表取締役 後藤義夫

右訴訟代理人弁護士 馬場東作

同 福井忠孝

被告 大野弘郎

<ほか六名>

右被告七名訴訟代理人弁護士 小山斉

同 浦田益之

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一三万二四〇〇円及びこれに対する昭和四五年二月二五日から完済に至るまで年五分の金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、第一項にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告

主文第一ないし第三項同旨。

二  被告ら

請求棄却。

訴訟費用原告の負担。

《以下事実省略》

理由

一  当事者

原告が、大正一一年四月設立され、主として興信調査業及びこれに伴う出版業等を営業目的とする株式会社であり、東京都に本社を置き、昭和四四年一二月当時には本社分室二、支社一、支店五九、出張所一四箇所を有し、岐阜支店が右当時岐阜市神田町一丁目八番の五協和ビル二階一号室に設けられ、支店長、次長以下調査員七名、事務員三名、タイピスト二名で構成されていたこと、原告には、昭和二八年六月その従業員をもって構成する組合が結成されたこと、そして支部組合は、昭和四四年一二月当時一一名で組織され、被告らはいずれもその組合員であること、原告と組合との間には、その頃から統一的労働協約は存在していないこと、以上については、すべて当事者間に争いがない。

なお、《証拠省略》によれば、岐阜支店の事務所が存在する右協和ビル二階一号室は、原告が訴外協和興業株式会社から賃借して、管理使用し、岐阜支店長(以下、単に支店長という)がその管理権限を有するものであること、右事務所は、事務室及び応接室各一つ、倉庫二つ等でなる構造であることが認められる。

二  本件ビラ貼り行為

昭和四四年二月岐阜支店の田中調査員が同支店から転出したことに関し、同人の無所属会員の分配をめぐって、原告と組合との間に紛争が生じたこと、右にいう無所属会員の分配が原告主張どおりの制度であること、昭和四四年二月二五日原告の本社において、原告と団体交渉がなされたが交渉が決裂したこと、これが原因となって、被告らが共同のうえ、昭和四四年二月二八日、支店長に対し支部組合としての斗争宣言をし、その斗争手段として、岐阜支店事務所の管理権限を有する支店長らの許諾を得ることなく、本件ビラ貼り行為をするに至ったことについては、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

(一)  被告らは、昭和四四年三月一日、岐阜支店事務室の入口の扉、事務室内の壁、応接室などにビラ六枚を貼付した。右ビラは白い用紙にマジックや墨汁で書いたもので、その記載内容は、決議文と題し、本件無所属会員の配分の問題について、原告の措置を非難し、従業員が公平な配分を要求して斗争する決議をした旨を内容とするもの一枚、「争議中」というもの三枚、「勝つまで頑張ろう」、「団結して斗い抜こう」とあるもの各一枚であった。又ビラの大きさは、一番大きなもので横が五〇センチメートル、縦が七〇ないし八〇センチメートル位、そのほかは横が二〇センチメートル、縦が七〇ないし八〇センチメートル位であり、それらはいずれも四角をセロテープで接着されていた。

(二)  これに対し、支店長は同月一八日支部組合宛に翌一九日正午までに右貼付されたビラを撤去するように通告したが、支部組合がこれに何らの回答を示さずそのまま放置したので、同日正午頃から支店長において、右ビラを撤去したところ、被告らはこれを不満として支店長に抗議したうえ、直ちに右ビラを復元貼付した。

(三)  そこで、支店長は、同年四月九日頃、原告の社長名によるビラの貼付を禁止する旨の通告書を支部組合に渡したが、被告らはこれを無視し、同月一八日頃更にビラを追加貼付した。

(四)  しかして、更に、支店長は同年五月一七日、右ビラを撤去し、同時に支店長名で岐阜支店及びその附近にビラを貼付することを禁止する旨の掲示をしたが、支部組合はかえって支店長の右措置に反撥し、被告らにおいて、従前より多く、しかも事務室の天井にまでビラを貼付するようになった。

(五)  そして、同年五月二一日頃には岐阜支店事務所の賃貸人である訴外協和興業株式会社からの支店長宛の、ビラの貼付が前記協和ビルの賃借人らの共同使用部分である岐阜支店事務室前廊下にも及んでいるのでこれを撤去すること等を求めるむねの文書を受けたので、支店長は支部組合にその事情を説明して善処分を要求したが、支部組合はこれに応じなかったのみか、支店長が同年六月一六日及び同年七月一日にビラを撤去したのに対し、被告らはその都度これを復元貼付したのみならず、ビラの数を一層増加させ、しかもビラの用紙として古新聞紙を使い始め、又その貼り方も従前のセロテープに替えて、洗濯糊を紙面全体にぬり付けて接着させる方法を用いるようになった。

(六)  更に、同年八月二二日、原告が前記協和ビル二階を借り増して岐阜支店事務所を拡張したところ、被告らは右拡張部分にもビラを貼り、その頃にはビラの数は数十枚に達した。そのため、支店長は同月二八日岐阜支店を臨時休業にし、作業人夫六名を雇ってビラの撤去作業をしたところ、被告らは右作業を妨害してこれを中断させ、更に右作業人夫が暴力団員であると称して増々態度を硬化し、ビラ貼りを急激に拡大した。しかして、ビラの数は八〇枚を越え、貼付場所も事務室や応接室の壁、天井、窓、衝立等いたるところとなり、その記載内容においても、「禁治産者の支店管理職よ直ちに去れ」、「アルコール中毒患者的言動のある支店長では会社の信用を失墜するばかりである」、「渡辺次長は暴力団の手先か」等々、支店長及び次長の個人的誹謗にわたるものも現われるに至った。

(七)  その後、支店長は、同年九月六日、同月八日、同月一〇日、同月一九日にそれぞれビラを撤去したが、被告らは相変らずその都度概ねもとの状態にビラを復元貼付した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  本件ビラ貼り行為の違法性の有無

前記一、二の事実によれば、岐阜支店事務所は、原告が管理する物的施設であるところ、被告らは右物的施設の管理権限を有する支店長らの許諾を得ることなく、その一部である事務室、応接室等に本件ビラ貼りを敢行したものであるから、右ビラ貼り行為は原告が右事務所に対して有する管理権を侵害するものといわねばならない。

ところで、被告らは、本件ビラ貼りは組合の正当な争議行為としてなされたものであり、これによって原告の右管理権を侵害したとしても、違法ではない旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、被告らが本件ビラ貼りを行うに至った経緯は次のとおりであることが認められる。

すなわち岐阜支店では、昭和四四年三月一日付で調査員田中正美が転出することになり、これに先立つ同年二月二一、二二日頃、支店長は原告本社総務部長の指示に基づき、同支店調査員らに対し、右田中調査員の転出に伴う無所属会員の配分について、支店長及び次長への配分量が一般の調査員より多い内容の配分方法を示した。ところで、原告においては会員の依頼による調査業務は支店長、次長等の職制と調査員が分担して担当するが、給与規則上会員が年間を通じての調査依頼の切符(調査の依頼者であり、会員となった顧客は、継続的な調査依頼を原告発行の切符によってしている。)を購入した場合、その代金の一〇ないし二〇パーセントは勧誘手当として当該会員を勧誘した担当調査員の収入となる扱いになっている。もっとも、職制については、無所属会員の配分に伴う勧誘手当が加給されても、その加給分について、同人らに対して支給されるべき補償給が減額されることになっているため、勧誘手当の増額は実質的に増収となるわけではない。しかし、調査員の場合は、右勧誘手当がそのまま実質的な収入となり、無所属会員の配分は増収につながるものであることから、右配分の問題は調査員にとって労働条件にかかわる重大な関心事であった。しかして、岐阜支店では昭和三八年頃から昭和四二年頃までの間に生じた過去四回の無所属会員の配分に当り、職制と調査員とではほぼ均等に配分され、その配分の内容には支部組合員の意向が反映されていた。ところが、本件無所属会員の配分については、原告が本社総務部長の指示どおりの内容を調査員らに提示して実施しようとしたところから、支部組合員である被告らが岐阜支店における従来の事前協議、均等配分の慣行に反すると主張し、支部組合独自の配分案を原告に提出する等して抗議し、ここに無所属会員の配分の問題をめぐって紛争が発生するに至った。そこで、昭和四四年二月二五日原告本社において、原告と組合との間で本件無所属会員の配分の問題について団体交渉が持たれたが、組合が岐阜支店における従前の慣行の存在とそれに従うべきことを主張したのに対し、原告は右慣行の存在を否定し、無所属会員の配分は原告の業務指示行為と本質的に異なるものではなく、原告の専権に属するものであること及び原告が職制に対し調査員より多くの配分をするのは職制への補償給を節減するという方針に基づくもので、調査員を冷遇するものではないこと等を主張して互いに譲らず、容易に合意できなかった。かくて、支部組合は同月二七日職場集会を開いて斗争委員会を設置し、被告大野弘郎を斗争委員長とすることを決定するとともに、スト権を確立し、翌二八日支店長に対し、支店長の提示した無所属会員の配分方法を撤回させるため斗争に入る旨を宣言通告し、本件ビラ貼りを始めるに至った。以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  ところで、右で認定の事実によれば、本件ビラ貼りは、組合の一部である支部組合の構成員によってなされたものであるので、そもそも組合の活動と言い得るかの疑問がないわけではない。一般に組合員の一部による活動であっても、これについて組合の明示又は黙示の承認が与えられている場合は、右活動は組合の一部組合員に対する争議指令に基づくものと把握することができるから、組合の活動と評価して差しつかえないものと解するのが相当であるところ、これを本件ビラ貼りについてみると、昭和四四年二月二三日及び二四日開催の組合第一二回定期大会において、支部組合がビラ貼りによる斗争を行うことにつき組合の明示の意思決定があった旨の《証拠省略》は、《証拠省略》に照らしたやすく措信できないが、なお右で認定のとおり、被告らが右ビラ貼りを始める前の同月二五日組合において原告との間で本件無所属会員の配分の問題に関し団体交渉を持ったことのほか、《証拠省略》によれば、右ビラ貼りの開始後ではあるが、同年三月二七日組合が代議員批准投票により支部組合で確立されたスト権を承認したこと、同年九月一七日には組合の執行委員会が岐阜支店における本件無所属会員の配分の問題をめぐる斗争を組合全体の斗争に強める必要がある旨を表明したこと、同年九月一九日組合において本件無所属会員の配分の問題を含むスト権を確立したことが認められ、以上の事情を考慮すると、組合は支部組合の右ビラ貼りを少くとも黙示的に承認していたものというべきであるから、被告らによる本件ビラ貼り行為を組合の意思に反した支部組合独自の統制違反行為とみることはできず、それは組合の活動と評価すべきものであるといって差し支えない。

(三)  しかして、組合の活動は、その目的において正当性を有し、その手段において相当性の範囲を逸脱しない場合に正当な組合活動と言い得るものであるところ、まず本件ビラ貼り行為の目的が組合活動の目的として正当なものであったことは明らかである。蓋し、本件無所属会員の配分は、調査員の経済的地位にかなりの影響を及ぼすもので、原告と組合との間における労働条件にかかわるものであって、組合が団体交渉の対象とし得べき事項であり、被告らは右労働条件の維持、改善を目的として、組合の要求を貫徹するためにビラ貼りをしたものであるからである。

(四)  そこで更に、本件ビラ貼り行為が組合活動の手段として相当であったか否かについて検討する。

1  およそ使用者は、経営目的を達成するため、職場環境を適正良好に保持し、規律ある業務の運営態勢を確保すべく、その所有し管理する物的施設を右の目的に適合するように運営、管理する権限を有するものであるから、従業員に対し、右施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を指示、命令し、これに違反する行為をする者がある場合には、その者に対し当該行為の中止、原状回復等必要な指示、命令をすることができるものと言うべきである。もっとも、労働組合が、組合員の団結を維持、昂揚し、或いは組合又は組合員各自の主張を明らかにするための手段として、ビラ貼り等の組合活動をなし得ることは法の保障するところであり、そのため労働組合において使用者の物的施設を利用する必要性が大きいであろうことは否めない。しかしながら、労働組合又は組合員による使用者の物的施設の利用は本来使用者との合意に基づいて行われるべきものであって、利用の必要性が大きいことのゆえに労働組合が右物的施設を組合活動のために利用し得る権限を取得し、使用者において労働組合又は組合員の右物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとする根拠はない。したがって、労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで使用者の物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが当該物的施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、組合活動の手段として相当であるとは言えないものと解するのが相当である。この点について、被告らは、労働組合は争議状態下においては、使用者の許諾がなくとも使用者の所有し管理する物的施設を利用して相当な争議手段を用いることができ、右手段がビラ貼り行為である場合は、右物的施設の効用を著しく毀損するか、業務の遂行を著しく困難にする程度に至らない限り、右相当性の範囲を逸脱しないものである旨主張するが、被告らの右主張は前述の理由によりこれを採用できない

2  そこで、以上の見地から、本件ビラ貼り行為について、組合活動としての手段の相当性を検討する。

先に認定したとおり、岐阜支店の事務所は原告が管理する物的施設であるところ、被告らは右物的施設の管理権限を有する支店長らの許諾を得ないで、その一部である事務室、応接室等に本件ビラ貼りをしたものであるから、右ビラ貼りが組合活動としてなされたものであっても、原告において支部組合に対し右ビラ貼りを禁ずることが原告の右事務所に対して有する管理権の濫用であると認められるような特段の事情のない限り、本件ビラ貼り行為は組合活動としての手段の相当性を欠くものと言わねばならない。そこで更に、右権利の濫用とみるべき特段の事情の存否を考察する。前記二で認定の事実によれば、被告らが本件において当初(昭和四四年三月一日)に貼付したビラは、白い用紙が使用され、その四角をセロテープで接着したものであるから、右ビラそのものの外観はとくに見苦しいものとは言えないし、その剥離も容易になし得る状態にあったものと言うことができる。又ビラの数は六枚であってそれ自体をみると未だ多量であるとは言えず、ビラの記載内容も侮辱的なものその他不穏当な言辞を用いたものではない。しかしながら、他面、岐阜支店の規模は、物的施設としてはビル二階の一室のみで、これに事務室、応接室、倉庫が存する程度のものであり、人的陣容も職制を含め一〇数名をもって構成される程度のものにすぎず、更にビラの貼付された場所は、事務室の入口及び事務室内の壁の他、応接室にも及ぶものであって、従業員は勿論岐阜支店を訪れる顧客等の眼に容易に触れる状況にあったこともまた前記一、二で認定の事実から明らかなところである。そして右の諸点に照らすならば、当初貼付されたビラの数はそれ自体としては多量とは言えないにしても、岐阜支店の右規模と対比すると一概に軽少であるとも言い得ず、又、いかに外観を考慮してビラの用紙に白い用紙を使用し、剥離の容易さをも配慮してセロテープで接着し、ビラの記載内容に侮辱的言辞が用いられなかったとしても、右ビラが貼付されている限り、視覚を通じ常時従業員等に対し本件無所属会員の配分の問題についての組合活動に関する訴えかけを行う効果を及ぼすものであることは否定できない。しかして右の事情を考慮に入れると、原告が本件ビラ貼りをその当初の状況段階においても許諾しなかったことは、岐阜支店での職場秩序と環境の適正な保持、規律ある業務の運営態勢の確保等の観点からやむを得ないものと考えられるのであり、これをもって原告の岐阜支店事務所に対して有する管理権の濫用であると目すことはできない。ましてや、その後、ビラの数は次第に増加し、その用紙は白紙から古新聞紙に、接着方法もセロテープから洗濯糊にとそれぞれ替えられ、その記載内容においても職制の個人的誹謗にわたるものまで現われるに至る等、拡大の一途をたどった本件ビラ貼りに対し、原告がその都度これを禁止し、その撤去を求めたことが右権利の濫用と言えないことは勿論である。そうすると、結局、原告が本件ビラ貼りを許諾しなかったことについて、原告の権利の濫用であるとする特段の事情を認めることは困難である。したがって、本件ビラ貼り行為は組合活動としての手段の相当性の範囲を逸脱したものと言わざるを得ない。

(五)  してみると、本件ビラ貼り行為を正当な組合活動であるとする被告らの主張は理由のないものであり、右ビラ貼り行為は原告の岐阜支店事務所に対して有する管理権を侵害するものであって、違法という他はない。

四  本訴請求に対する権利の濫用、不当労働行為の主張について

(一)  被告らの権利の濫用の主張は、要するに、原告と支部組合との間における本件無所属会員の配分の問題をめぐる紛争が解決するまでは、支部組合において本件ビラを撤去すべき義務を負うものではないということを前提としているといわねばならないが、右ビラの貼付が違法でない場合にはこれを首肯できるにしても、それが違法である場合は右前提を是認することはできず、支部組合において直ちにビラを撤去すべき義務を負うことは当然である。そして、本件ビラ貼り行為が違法であることは前記三で認定したとおりである。そうすると、被告らの主張は右の前提を容認できないから、その余の点について判断するまでもなく理由のないものであり、これを採用することはできない。

(二)  更に、被告らは、本件ビラ貼り行為が組合活動としてなされたものであるのに、原告が組合の構成員である被告ら個人に対し、右行為に基づく損害賠償を請求するのは、組合に対する露骨な分断作戦であって不当労働行為を構成するものであり、許されない旨主張する。しかしながら、前記三で認定のとおり、被告らの共同による本件ビラ貼り行為は違法なものであって、いわゆる共同不法行為に該当するから、被告らは右ビラ貼りによって生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。そして、そもそも、民法の不法行為責任は、まず現実に不法行為をした個々人である被告らにあることが原則であり、たとえ組合自体も右行為の責任を負うべき場合であっても、それにより被告ら個々人の責任が当然に消滅するわけではない。しかして、被告らが組合の責任とは別に右ビラ貼り行為についての責任を負う以上、原告がまず被告ら個人に対しその義務の履行を求めることは正当な権利の行使というべきであって、何ら不当と言うことはない。したがって、原告の本訴の提起をもって組合の分断を意図する不当なものと認めることはできず、被告らの右主張も理由がなく、採用できない。

五  損害

以上のとおり、被告らの本件ビラ貼り行為は、原告の岐阜支店事務所に対して有する管理権を侵害する違法なものであり、いわゆる共同不法行為に該当するものであるから、被告らは各自原告に対し、右ビラの貼付により生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。

そこで、原告の右損害について検討するに、《証拠省略》によれば、原告が昭和四四年八月二八日訴外竹川清一に依頼して作業人夫六名を雇い、当時事務室や応接室に貼付されていたビラの撤去作業を行い、同年九月五日右竹川に対し作業人夫の日当として金三万円を支払い、更に、昭和四五年一月九日及び一〇日訴外奥山塗装店に依頼し、本件ビラの貼付と撤去の繰り返しによって汚損の生じた事務室や応接室の壁面等の塗装を実施し、同月二七日同店に対し右塗装代として金一〇万二四〇〇円を支払ったことが認められる。しかして、前記二で認定の事実及び《証拠省略》を総合すると、右ビラの撤去及び塗装は、原告が組合に対し、本件ビラ貼りによる原状回復措置として要求したが組合がこれに応じなかったため、原告において実施したものであること、右撤去作業をした昭和四四年八月二八日頃における本件ビラの状態は、古新聞紙の紙面全体に洗濯糊をぬりつけて接着されたもので、その剥離は容易ではなく、しかもビラの数も多量であったこと、又、右塗装をする頃には、本件ビラの貼付と撤去の繰返しにより、ビラ撤去後の壁面等がかなり汚損するに至っていたことが認められ、これらの事情を考慮すると、原告が右撤去作業のため作業人夫六名を雇い又、ビラ撤去後の壁面等を塗装したことはやむを得ないことであり、原状回復の方法として相当と言うべきである。そうすると、原告において右ビラの撤去及び壁面等の塗装のため支出した合計金一三万二四〇〇円は、本件ビラ貼り行為と相当因果関係のある損害と言うべきものであるから、結局原告は右同額の損害を被ったといわなければならない。

六  結論

よって、本件被告ら七名は連帯して原告に対し、前記損害金一三万二四〇〇円及びこれに対する送達の最も遅い被告藤吉に対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年二月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅本宣太郎 裁判官 熊田士朗 水谷正俊)

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